2021年4月1日(木)

コラム

YELL~あなたへの応援歌~ 2021Track.3『25歳の君へ、54歳のあなたへ ~消せない過去を今から育む~』

4月まで待ってくれない桜、もう何年も前から入学式は疎か卒業式でさえ待ってくれない。
昔から別れと出会いの象徴だった桜、温暖化もさることながら、54歳にもなると時代の変化、文化の変遷を感じずにはいられませんね。

前号でどうなっちゃうの俺???みたいな終わり方をしました。
ここから先は幼少期のスギヤマまでタイムスリップして人生振り返りたいと思います。
そんなのコラム!?そうなんですよ!
就職、転職、副業、それだけではなく、実は採用する企業側のブランディングにも生きて来た、歩んできた歴史を振り返ること、自身の変遷を知ることは決して疎かにできない大切な『準備』なのです。

さて、転職は一回だけだった我が人生、その転職を選ぶ際には、当時の彼女の影が大きかった、むしろ彼女の影しかなかったぐらいかもしれません(苦笑)
そんな私の幼少期はそんな人の意見に左右されやすい子供だったのか…。

小学校時代に6年間先生のコメントに書かれ続けてきた我が象徴は『落ち着きがない』『人に流されやすい』でした。
小学校に上がる前から何を仕出かすかわからないくらい落ち着きがない子だったと思われます。
拾い食いはするは、迷子になるは、そのコメント正解!って感じだと思います。

とにかく人見知りはしなかったようで、会う人会う人に「ご機嫌いかが?」なんて話しかけてたそうです。
情緒に富んでたと思われ、よく笑うしそれに泣き虫だったし、このあたりは自分の骨子を作っている不変の性格、感情的や素直と言う特性の象徴でしょうか。

子供の頃から習い事はたくさんしていました?させられてきました(笑)
驚きますよ!?記憶する限りお絵描き、習字、そろばん、バイオリンに始まり、サッカーと野球。どれが大勢したの?何か今私の人生に役立ってる??キャリア形成の一助になってる???

絵はその後の図画工作の独創性に活かされたように思います。
なんか怪しげな、人と違うものをよく作ってました。
この独創性は奇想天外で柔軟性、人と違うことに目が向く、反対を考える、今、十分に活かされてるかもしれません。

でも今となって思うのは職人だった親父の血を全く継いでおらず、生粋のブキッチョは今も変わりなく、嫁に呆れられる始末。
家での役割責任は完全に逆転していて、大工仕事は嫁、じゃあ家事仕事はやるの?できません!イヤできません、イヤイヤやりません、やれません、威張るところではないですが、
でも、料理をマジでやったら創作料理はいけるかも??(じゃ、やれって感じですね)
手先を使う仕事、繊細な職人仕事、単調な仕事…恐らく選ばないし不適格だと思います。

バイオリンはそのうちギターに変わっていました、ギターとして使ってました(苦笑)
あの当時にバイオリンするなんて驚きのお坊ちゃまですが、続けていたら金がかかってたでしょうからやってなかった?イヤ音楽は無茶苦茶成績よかったんですよ!
特に知る人ぞ知る歌は絶対音感があるようで、今でも自慢できるものと言えば『歌』って胸張って言います。どこに出ても賞をとれるレべル?ピンクレディーを子供の頃から弟と歌わされ、沢田研二のダーリングで野球チームのコーチや友達を驚かせ、添乗ではお客様に喜ばれ、カラオケ大会では入賞し、カラオケの点数は90を切らない、歌手になればよかったかなぁ、今でも演歌で行けるかな(笑)これはラストキャリアで考えよう。

方やスポーツ、小学校の低学年ではサッカーをしていました。
ひょっとしたらモノになったかもですが、足が速くないのも自負してたし、全然太ってなかったのにキーパーをやらされることになり退団。
でも実は最優秀選手で表彰されたぐらいの腕前だったんですよ(驚)
今でも思い出す、母の日に最優秀選手で賞状もらってきたときに喜んでもらったなぁ。

小学校中学年?高学年から野球に転向。
父は野球が好きで最初から野球をさせればよかったのに、私はサッカーに寄り道して、弟は野球から開始。自分自身も野球してたし、私たちの朝練の送り迎えや試合観戦も一生懸命付き合ってくれていた記憶があります。
私には野球センスはそんななかったかも…レギュラーではなく補欠、ゴロを裁くのがチョー苦手だったかも、顎に当たるのが怖いのか、腰高な構えだった。
むしろ弟はセンスがあってバリバリレギュラー、実はこの弟が野球を続けていれば人生変わったんじゃないかなぁって今思うんです。(弟の話はいつか…)
私はと言えば、レギュラーが全員不在の時の4番打者、笑える。
でも最後の最後に未完の大器?はその片鱗を見せ始め、ヒットを量産?練習でもセンター前にしっかりはじき返し、小学校6年生最後の最後に、魅せた感じ。

幼少期1

そんな私の幼少期に、別の一面もありました。
当時、子供と言えば外で遊ぶもの、私も外で遊んだ記憶しかありません。
近所の子供たちを引き連れて闊歩していたガキ大将でした。
海や川に近所の子たちを連れていき、何度近所のおばさん方に怒られたことか。
いろんなところに探検に行き、穴を掘ったり、軒下に潜り基地を作り、いつも怒られる。
何となくですが、リーダーシップ?や好奇心??はこの当時から養っていた今の私のキャラクターになっているかもしれません。

ヤンチャなお調子者の私。
よく笑うし、よく泣くし、でも実は無茶苦茶臆病者の私。
とにかく好奇心旺盛でいろんなものに手を出し、でも続かなく散らかし歩く私。
54歳になった今、あの幼少期の自分を振り返って個性になっているところあるかなぁ。
強みってなんだろう、弱点ってなんだろう。
何が得意で、何が苦手だったかなぁ。

勉強のこと全く触れていませんでした(汗)
実は幼少期のそろばん、これがかなりイケていまして。
小学校時代に2級を取ったことと、その中でも暗算は抜群のセンスで、塾を代表して暗算だけで大きな大会に選抜されて出たこともあります。
この暗算、今でも電卓叩かずとも計算が早いのは、ほんとにこれのおかげ。うん活きてる。

そして書道、実は時は昔からうまいと言われたのも小学校時代に段を獲りました。
最近はパソコンばかりで字を書かずだんだん下手になっているけど、字も自信あるほうかな。丁寧にこそ書けばまだまだイケるのではないでしょうか。
字は心、よく前職で部下の申請書にそんなことを言って突き返してたような(笑)

25歳の君、54歳のあなたへ。
自分の人生を丁寧に振り返ってみませんか。
楽しかったこと、辛かったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、良いこと悪いこと、好きなこと嫌いなこと、それもすべてあなたの歩んできた人生です。
過去は消せない、イヤ消す必要がない、あなたのあなただけの人生だから。
もっと責任をもって大切に扱って欲しいんです。

子供の時代に嗜んだ数々の習い事は、実は今の自分にも大いに活きていたりしませんか。
夢中に日が暮れるまでやっていたスポーツや机に向かってやっていた学び。
ひょっとしてこれから活かせるものだったりしませんか。
またやってみようと思ったりしませんか。

舞台でセリフを忘れて大泣きした過去、大事な試合でエラーをして負けてしまった過去、デキれば消してしまいたいような苦い経験かもしれないけど、もう今では笑って話せてたりしませんか。
その苦い経験から何か学んで今の人生の糧になっていませんか。

今日は私の54歳の人生のうち、中学に上がるまでをスゴイ秒速で振り返りました。
もちろんこんな短い人生ではなく乱暴な振り返りだったかもしれませんが、でも、いまこうやって打ちながらあの当時を思い出すんです。
あの当時の風景や匂い、母の父の弟の顔、友達の顔、思い出すんです。
ご縁あって読んでいただいたみなさん、自分の人生がフラッシュバックされませんか。
そしてそこから何か生まれてくる温かく、ぎこちない、セピア色のでも、どこか鮮明に当時を思い出し抱いた感情や当時の自分の考え方思い、思考が浮かんできませんか。
それを大切に一緒にこのコラムを通じて育んでいきませんか。
過去も成長するんです、今の自分が育てて成長させてくれるのです。

25歳の君の人生、54歳のあなたの人生。
消せない過去、消す必要のない過去、過去をこれから大切に育みませんか。
就職する、転職する、副業始める…ならばなおさら大事に育みましょう。

幼少期2

つづく