2021年3月1日(月)

コラム

YELL~あなたへの応援歌~ 2021Track.3『25歳の君へ、そして54歳のあなたへ ~プロローグ~』

コロナも厳しいが花粉が厳しい…
薬は飲んでいるけど、目が堪らなく痒い(苦笑)
『目を刳り貫いて取りたい!』っていう人いるけど、その気持ちわかるぅって思う私、花粉症の季節の自己紹介は決まって首を絞めたくなる名前の『杉の山が豊の杉山豊です』ってお後がよろしいようでこの辺で本題に入りまする。

でも本題の前に一言だけ!会計事務所の皆さん、確定申告お疲れ様です。
花粉症を持たれている皆さんがいればこの時期さぞや大変だと思います。
集中力を持たなければならないときに、集中力を削がれる花粉症…花粉に変わりこの杉山豊がお詫びとエールをお送りしたいと思います。
「どうぞ、体に気を付けて頑張ってください!」

そんな私は今何に頑張っているのか!?
人材紹介の免許取得のために、いろんな準備に追われています。
でもそれは準備であって仕事ではないので、極力オンタイムには本来の仕事を優先するようにしています。
オンラインだろうとリアルだろうと人に会うことが生命線、だから免許取得に関する一切合切の事務手続きは代行をお願いしました(苦笑)
そのためにここまで利益出してきたんだから、投資投資って割り切ってます!

でも同じ準備でもやらなければならないのがキャリアアドバイスの実体験、場数、経験を踏むことです。
お陰様で多くの方々にご支援いただいて、キャリアに悩む方々をたくさんご紹介いただいております。
この場をお借りして暑く御礼申し上げます。
「ありがとうございます!」

私の保険の私塾の塾生に25歳の子(あえて子)がいます。
自分にとってみると息子のような世代、子がいなくともなんか可愛くて仕方ないです。
25歳と言えば、ちょうど社会人3年になる子が多い。
入社3年目、私もそうでしたが、転職に一番心動く年齢かもしれません。

『3年頑張れ!』私も言われました、そしていつも言ってきました。
3年やらずして何も分かるわけがないってずっと思ってるし、そうなんだろうと確信しています。
特に社会人になりたての人たちはビジネスマンになる前に社会人にならねばならないので、ルールやマナーや作法やワビサビキビに至るまで、マニュアルにないものを習得するのに恐らく1年は必要なんではないでしょうか!?

大きな会社ほど配属になるまでには入社研修なるものがあります。
中小企業にはここが足りない!そう思っているので必ずここに一石投じたい、仕事にしたいって思う私はこの部分は予断が過ぎるのでこの辺で(苦笑)
その入社研修で優秀な子、元気な子ほど、現場に行って叩かれてもがいて苦しくなって厳しくなって『なんか違う!』そう錯覚して会社を去って行くんです。
メッセージが送り出す側に必要ですよね…研修は研修、現場は現場。

理想と現実、机上とリアル、数々の不条理や理不尽を体感して、1年目が一番大きくなるんではなかろうか。
実感はなくても君たちはこの1年ですごく成長してるんだよって上司先輩に言って欲しいなぁ、って当時、俺言ってただろうか(苦笑)

そして2年生、後輩が入っていて肩に力が入る君たち。
いい所見せたいよね、格好いいって言われたいよね、絶対背伸びするんだよなぁ。
でもそこがまた成長の原動力にもなるんではないのかと思います。

皆さんもこの時季感じませんか??
桜並木を歩くスーツに着られている若者たち、絶対新卒ってわかるんだよなぁ(笑)
そしてなぜか1年しかたっていない我が隣を歩く先輩になる2年生、スーツがなんか板についている、これって成長して上着がピッタリになった、自分で着ている証なんだと思う。

そして3年生、25歳になった君たち。
社会人としても一人前になり、なんとなく会社の風土にもルールにも馴染み慣れて。
私が見てきた新卒たち、みんな不思議と3年経てば1人前になってる、だからもうどこに行ってもいいんだよって私はずっとそう思ってます。

入社して今までこの3年で、自分の価値観や哲学、信条やポリシー、それこそ生活や性格までありとあらゆる変化を感じた3年間ではなかったですか??

営業として3年やってきました。
でも私の喜びはどこか数字ができたところとかに感じていない、でも人の役に立つことがとても幸せに感じている、このまま営業マンとして生きて行っていいの?この私の献身的な性格はもっと他のシチュエーションで活きたりすんじゃないのかな??
車の新車の3年点検ではありませんが、絶対になんとなく生きていかないでここで社会人から3年経た自分を振り返りいろんな気づきを感じて欲しい、そう思います。

3年頑張れ説、今ではあまり強く思わなくなってるかもしれない。
だって多くの人が1社目の会社選び失敗してるからね。
大手嗜好で臨む大卒就活生、必ず入って後悔する歯車なんじゃないか感。
面接官たくさんやってきましたが、『会社選びは名前だけじゃないんだよ』って言えないよなぁ、その場で(苦笑)『入社した段階でレースは終わっている』希望に溢れている子にそんなこと口が裂けても面接の場では言えないよなぁ。

A4を2ページで終わりたいのにこのままでは終われないから、この演題はシリーズとして少し長めにやっていきたいと思います。

そんなこんなで振り返ってみる私の就活、それはそれはお粗末な就活でした。
平成2年3月卒、卒業翌年に最高値を付けたそのバブル世代、新人類が私です(笑)
いみじくも30年ぶりに30,000円台を付けた先週、何か縁を感じます。

いまではあり得ない、就活は郵便でのやり取り、少し小さな会社だと書類を送れば内定、そんなこともあるぐらい氷河期の人には信じられない平成2年卒。

私はと言えば華やかな業界にあこがれて、旅行と広告に絞って、旅行は内定出たから広告一本で上から順に受験する。
何も準備なく素手で臨んだ面接に、手ごたえもありゃしない、それよりも上に行けば行くほど違う力も働いているのか?箸にも棒にもかかる感じではない。
大手一角にOB面談に行けば「私コネなんです」
大手でひとつ二次に進んだのはたまたま1次が同じ大学の先輩だったから…
でも今でも思うのは『今なら受かる!』の生き抜いてきた自信。

そしてなんとなくやるせない気持ちで入社した旅行会社。
入って感じる、将来への不安は、先輩たちが口をそろえて言う安月給の話。
そんなの入社して早々聴きたくなかったよなぁ。
でも旅行の仕事、特に添乗の仕事は本当にやりがいもあって面白楽しかった。
文句たらたらのジジババたちも最後には笑顔で『また行こうね!添乗員さん』
人の喜ぶ顔を見るのが俺は好きなんだってそう気が付いたのもこの仕事で得た自分の価値観だった。

何となく小さなことを大きく話せるようになった話術もこの頃に掴んだのかもしれない。
だって言ったところない旅行先をさもよさそうにプレゼンするのだから腕が立つよね!

一つ先の仕事をする、段取りが8割だって理解できたのもこの仕事のお蔭かな。
気配り目配り、金配りはできないけど、いろんなところに目が向くのはこの仕事で養われた技術かもしれない。

この3年間は今でも私の大きな財産であると言うのは今を支えてくれているビジネスパートナーの皆さんも分かってくれるかもしれない。

死んだ親父は無理して大学出してくれたのに俺には何も言わなかったなぁ。
でも友達には豊は安い給料で大学出した意味がないって言ってたらしい(苦笑)

でも一人だけ口を酸っぱく安月給を罵る人がいた。
当時、付き合ってた一つ下の彼女が銀行に入り、2年目で給料を抜かれ、「私、あなたの給料では絶対結婚できないから」そう言われて、毎週末一緒に就職雑誌を挟んで近くのデニーズに何時間いたか(笑)

「そうだよ!金融機関にしたらいい!!ここどう???」
「え~~俺数学苦手だし、金感情なんて性に合わないし、イヤだなぁ」
「いいから受けてよ!」

なんかこの先どうなるの??で(無茶苦茶長くなっちゃった(;^ω^))

つづく